7.星の世界
そして地上の政治
月と木星
自作の望遠鏡で天体を観察するガリレオを描いた想像イラスト。 望遠鏡を玩具としてではなく、科学的な観測装置としたのは、間違いなくガリレオ・ガリレイその人である。彼が本格的に天体観測を始めたのは1609年の12月からのことで、まずそれは月の観測記録として現在に伝えられている。望遠鏡をとおして見た月は、アリストテレスが考えていたものとはまるで違った。月は、滑らかでも完全な球でもなく、そこには、この地上と同じように山や谷があるのをガリレオは知ったのだった。
翌年1610年、ガリレオは木星を望遠鏡で観測する。そして、木星が4つの星を伴っていることに気づいた。観測を続けると、その4つの星が、他の恒星とは違い木星の左右を行ったり来たりしているのが分かった。1月15日、ガリレオはそれら4つの星が木星の周りを回っているのだと確信した。
メディチ星
ガリレオが考案した木星衛星の位置早見盤。(画像提供:Istituto e Museo di Storia della Scienza, Florence) これらの発見をガリレオはまず、トスカナ大公国首相のベリザリオ・ヴィンタに手紙で報告した。そのなかで、月の地形について、木星を回る星について、銀河について、述べている。ガリレオはそれらの新発見をトスカナ大公コジモ二世に伝えようと思ったのだ。これは、己の立身のためである。
ガリレオは、星の世界に政治を持ち込み、自分の出世を考えていた。2月になって、ガリレオは4つの新惑星、つまり木星の衛星をどのように命名すべきか首相に相談している。コジモ星とするべきか、トスカナ大公を輩出しているのがメディチ家だから、メディチ星とするべきか。木星の衛星の数とメディチ家の兄弟の数が一致することもあって、メディチ星を採用した。かくして、木星の衛星そのものがガリレオからメディチ家への献上品となったのだ。






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